Interview 戦時下に生きる人々の日常を写真で伝える

インタビューバナー渡部陽一氏

「戦場報道とは生きて帰ること」をモットーに、イラク戦争やアフガニスタン紛争など、世界各地の戦場でシャッターを切り続けてきた戦場カメラマンの渡部陽一さん。悲惨な現状を伝えるだけでなく、戦時下に生きる人々の日常や家族の絆にも光を当てるのが、渡部さんのスタイルです。戦場カメラマンになったきっかけや、命の危機に直面した経験、取材にあたり大切にしている考え方について、渡部さんに伺いました。

人の温かさは 世界中どの地域でも変わらない

渡部陽一

――渡部さんは、なぜ戦場カメラマンという危険と隣合わせのお仕事を選ばれたのでしょうか。

20歳を過ぎた頃、アフリカ中央部で狩猟生活を送るピグミー族(ムブティ族)の人々に会いたいと思い、バックパッカーとしてザイール(現在のコンゴ共和国)のジャングルに行きました。そこで、当時勃発していたルワンダ内戦に巻き込まれた子どもたちが、泣きながら助けを求めてきたのです。何かしてあげたいと思いながらも、僕はまだ学生で、何の知識も力もなかったので、その子どもたちを自分の手で助け出すことができませんでした。

帰国してから、「紛争地の子どもたちに対して自分ができることは何だろう」と考えた時に、子どもの頃から大好きだったカメラが目に留まりました。現地の状況を写真で伝えれば、泣いている子どもたちの存在に気づいてもらうきっかけになるかもしれない。そんな思いを抱いたことが、戦場カメラマンになった原点でした。

――その時から今まで、世界中の戦場で撮影を続けてこられたのですね。

学生時代から30年以上、世界中の紛争地域を回ってきました。イスラエルやガザ、ウクライナ、イラク、アフガニスタン……どの戦争でも変わらないのは、幼い命が、当たり前のように犠牲になっていることです。世界で戦争が起こり、そこで泣いている子どもたちがいる限り、僕はカメラマンとして記録に残し、多くの人に伝えていきたいと思っています。

――渡部さんの著書『晴れ、そしてミサイル』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)には、戦争の傷跡だけでなく、戦禍の中で生まれた赤ちゃんや、家族とともに過ごす人々の写真も掲載されていました。

カメラマンとして戦場に行くようになり、一番驚いたことは、繰り返される日常がそこにあることでした。朝起きて、仕事や学校へ行き、夕飯を食べて、川の字になって眠る。食べ物や毛布が足りなければ、近隣の人同士で分け合う。悲しみの現状は確かにありますが、家族が寄り添い合う姿や、お互いを思いやる温かい気持ちというのは、世界中どの地域でも変わらなかったのです。

戦争の凄まじさや悲惨さだけでなく、戦時下に生きる人々の日常も伝えていく。これこそが、自分の戦場カメラマンとしてのテーマなのではないかと思うようになっていきました。

戦場での優先順位は 「安全の確保」が第一

渡部陽一

――取材を重ねる中で、ハードな経験もたくさんされてきたと思います。命の危機に直面したことはありますか。

イラクの首都バグダッドから北方100キロ地点に、サダム・フセイン元大統領の生まれ故郷であるティクリートという町があります。僕がその町へ取材に行ったのは、フセインが拘束される直前の2003年11月。ティクリート周辺が危険地域であり、事件が多発していることは、取材に同行してくれたガイドや通訳の方から伺っていました。

取材を無事に終えて、ホッとしたのも束の間。ティクリートからバグダッドに戻ろうとしていた時、突然、砂漠の向こうから車が走ってきて、僕のバンに横付けしてきたのです。窓ガラスの向こうに見えたのは、銃を構えた若者たち。瞬時に「撃たれる」と思い、僕は身をかがめました。

――どのように切り抜けたのですか?

「自分たちは、サダム・フセイン大統領の生まれ故郷とつながりがある」「敵意はない」ということを、その地域のアクセントを交えて、ガイドの方が伝えてくれたのです。根気強い説得のおかげで、彼らは僕たちのバンから離れていきました。もし僕が一人でいたら、確実に撃たれていたと思います。事件から20年以上経った今でも、あの緊張感を忘れることはできません。

――そのように、危険に巻き込まれる可能性の高い戦場取材において、渡部さんが優先していることは何でしょうか。

戦場カメラマンと聞くと、スクープを撮るために、我先切って前線に飛び込んでいく仕事というイメージを持たれる方も多いかもしれません。中にはそういうカメラマンもいますが、僕にとっては安全が第一であり、写真を撮ることはその次と考えています。どのような状況にあっても、この優先順位が揺らぐことはありません。

安全を確保する以外に、取材において大切にしているのは、戦争に巻き込まれている現地の方々の生活に寄り添うことです。寝食を共にしながら、生の声を聞き、時間をかけて写真を撮っていく。そのようなやり方が、僕のリズムに合っていると感じます。

――文化も宗教も異なる現地の人々の生活に溶け込むために、どのような工夫をされていますか。

僕のベストのポケットには、いつも1枚の写真が入っています。そこに写っているのは、家族や親族がお正月に集まって、テレビの前でおせち料理を囲んでいる姿です。現地で仲良くなった方の家に招かれた時、僕は「家族の写真です」と言って、その写真を見ていただくのです。そうすると、子どもから大人までみんなが集まってきて、「これは誰?」「この料理は何?」「どうしてみんな床に座っているの?」と、興味津々に質問をしてくれます。

言葉があまり通じなくても、家族の写真を見ていただくことで、自然と笑顔が広がり、やわらかなスイッチが入っていく。世界中、さまざまな地域で、そんな写真の力に助けられてきました。

幸せとは 「やりたいことを自由にできること」

渡部陽一

――先ほど、取材の際に優先することは「安全」だとおっしゃっていました。反対に、絶対に行わないようにしていることはありますか。

世界には、宗教が生活の土台となっている方々がたくさんいます。食に対する意識や服装のマナーなど、その宗教が大切にしていることに土足で踏み入ったり、「日本ではこうしている」と文化を押し付けたりすることは、絶対にしないようにしています。

取材先の中には、日本と考え方や暮らしぶりが大きく異なる地域もあり、動揺してしまうことも度々あります。それでも、相手に対して敬意を持ち、訪問させていただくという気持ちを忘れないようにする。そういった信念を自分に打ち込んでおけば、感情が揺さぶられた時も、落ち着いて向き合うことができます。

――戦場カメラマンだけでなく、観光目的に海外を訪れる私たちにとっても大切な心持ちですね。

そうですね。世界中を回って強く感じるのは、語学力以上に、「この国の文化が好き」「この国の食べ物が好き」といった思いが、コミュニケーションの糧になるということです。「本当にここに来たかった」という気持ちを全身全霊で伝えれば、たとえ言葉が通じなくても、相手はその思いを感じ取って応えてくれます。

――このインタビューの1週間前まで、パレスチナに行っていらしたと伺いました。戦場から帰国された時、渡部さんはどのようなことを考えるのでしょうか。

僕は、紛争地で出会った方々に対して、「あなたにとって幸せとは何ですか?」と質問をするようにしています。その中で一番多いのは、「今この瞬間にしたいことを自由にできること」という答え。1日1回でいいから子どもたちにご飯を食べさせてあげたい、眠る時に毛布を1枚かけてあげたい……。戦場には、今必要なことを自由にできなかったり、生きるために必要な物が手に入らなかったりする現実があります。

取材を終えて帰国すると、日本には、彼らの望む「幸せの条件」がそろっていることに気づきます。食べたい物を選び、休日には買い物に行き、家族で公園を散歩する。こうした暮らしを送れることが、奇跡のように感じるのです。

1枚の写真から 想像を広げてほしい

渡部陽一

――講演会ではご自身が撮られた写真を見せながら、現地で体験したことや感じたことを語り、戦争の現実を伝えられています。写真を見て、どんなことを考えてほしいと思いますか。

写真には、見る方の想像力を強く刺激する力があると思っています。その方のバックボーンや置かれた環境によっても、写真の見方は変わるでしょう。例えば、子育て中のお母さんなら、紛争地でミルクを飲む赤ちゃんの写真を見て、そのミルクを溶かすためのお湯をどのように手に入れているのか気になるかもしれません。そんな風に、1枚の写真から思いを広げたり、何かに気づいたりするきっかけにしていただけたらいいですね。

――ありがとうございます。最後に、今後の目標や、どのような取材をしていきたいと思っているか教えてください。

今この瞬間も、世界のさまざまな地域で衝突が起きています。国境や民族、宗教、貧困などが理由の衝突だけでなく、中南米の経済問題や、アメリカの大統領選など、世界情勢に影響する出来事もたくさんあります。

世界中で紛争や戦争が続く限り、僕はカメラマンとしてそこに行き、生の声を聞いて、記録に残していきます。戦争報道とは生きて帰ること。自身の支えにもなっているこの言葉を胸に、今後も自分の安全を確保しながら、スピード感を持って世界を回っていきたいと思っています。

取材・文 東谷好依
撮影   掘 修平

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